西吉利 (にしよしとし)

『No future / No future 』

平面2m×2m+インスタレーション1m×1m


未来がない、とは人類史においてとてもありふれた感覚である。10世紀末には、西暦1000年になればアルマゲドンが起こると信じられた。20世紀末にも似たような発想が流行した。また、さまざまな国家、集団が、停滞と行き詰まりの中で、遠くない未来の破滅を予感してきた。そう、我々のように。そして歴史の教えるところでは、それは奇妙なことである。なぜなら世界はこうして続いているし、これからも続くのだから。彼らは、あるいは我々は、愚かで無知なだけなのだろうか。そうではない。彼らにとって、我々にとって、それがリアリティなのだ。
 我々は日々我々のリアリティを重ねてゆく。それが生きるということである。しかしリアリティを重ねれば重ねるほど、死はより絶対となり、滅亡はより必然となる。そのあくなき循環は、生き続ける限り本来的にどうしようもないことである。そして我々はそれをわきに追いやり、観念的に永遠に生き続けることでそれをやり過ごす。それがより遠くに、より無自覚的に訪れることを願いながら。確かなことは二つだ。一つ、その時は必ず来る。二つ、その後も世界は続く。このかくも理不尽な矛盾をどうすればよいのだろうか。
 人類史において、かつては死後の世界がその役目を担った。別の生への接続が、リアリティを拡張し、それによって矛盾は解消された。しかしそれはもう我々の役には立たない。我々のリアリティは、それをもはや別の生への接続とはみなさない。我々はあまりにも長く、合理的に生き過ぎるようになってしまった。しかしそれによって、我々は自分の生に、今の世界に、別の可能性があったことをより知るようになった。その別の生への接続が、この展示において企図されていることである。未来はない。しかし未来はくる。






(未来は?)

 我々の世界は滅亡に向かっている(ように思える)。もはやどうにもならない少子高齢化、その必然としての過疎化と地域社会の消滅、誰の目にも明らかな産業と教育の凋落、大丈夫大丈夫といわれつつとめどなく肥大しつづける債務、その一方で広がりつづける格差、増え続ける貧困と自殺者、毎年のように続く巨大災害・・・その確かなリアリティがやがて来る(であろう)滅亡を裏付ける。震災と原発事故後、それは決定的となった。もはや疑問の余地はない(かに思える)。日常と非日常の境界などもう問題にもならない。しかし滅亡とはいったいなんであろうか。
 かつてこの国は1945年に滅亡した。それは1941年の真珠湾によって偶然にも運命となった。それは明治以来、帝国主義と近代化のリアリティを積み重ね続けた先の終着点でああった(となった)。そしてそれがこの世界の始点である。しかし歴史の教えるところでは、真珠湾にも、そしてその結果必然となった滅亡にも、何の必然性もない。当時のリアリティがそれをそうさせたに過ぎなかったのだ。そして滅亡の後も、この国は続き、人々の生活も続いた。そこには別のリアリティがあった。それは滅亡の前は、想像もできないものであった。
 我々に必要なのは別のリアリティである。それは滅亡の向こうに、震災と原発事故の向こうに、そして真珠湾の向こうにある。それは(もはや)触れることも、想像することさえもできない。しかしそれは確かにありえたし、ありえるのだ。
 東日本大震災の被災地、それは私にかつての滅亡と未来の滅亡を想起させた。けして消えることのない深い傷跡を負った人々もまた、かつてのリアリティと未来のリアリティを現しているように感じられた。そしてそれに寄り添うことがなされるべきことだと思えた。しかし今年の西日本大水害は、別の風景を私に見せた。それは7年前の被災地の規模を小さくした似姿だったが、規模が小さい故の痕跡の確かさ、タイムスパンの短さは、滅亡が別の生に置き換わってゆく様子を、かつてのリアリティが別のリアリティに書き換えられてゆくさまをまざまざと示していた。
 死や滅亡はある種の真理を見せる。それは我々が宇宙と切り離された存在であることを、我々のリアリティは仮のものであり、それは遅かれ早かれいずれ消えてしまうことを示す。それは真理であり、従ってそこに留まるのも、それに寄り添うのもまた一つの選択である。しかし別の生に、仮のリアリティにまた接続しようと試みるのも、そして仮であるが故にそれは尊いのだと言い張ることもまた一つの選択である。この展示で、私はそのように主張したい。
 それがどんなものであるのか、どんな姿をしてるのか、知ることはできない。うまくイメージすることも難しい。しかしそれはどこか我々の生に、リアリティに似ている。そしてそこに、未来はある。